【緊急座談会】つんく♂や北斗晶、そして亡くなった川島なお美── がん専門医が語る「芸能人とがん」の裏側
――最近、がんにかかる芸能人が増えている。というよりも、がんを公表し、その闘病生活を積極的に発信する芸能人が増えている、という言い方のほうが正確だろう。しかし、本人の言葉だけのブログや、どうしても美談として報じがちなメディアの報道だけでは、その正確な姿はわかるまい。実際、そうした芸能人のことを、専門医たちはどう見ているのか? 都内の病院に勤務する3人の現役医師に語ってもらった。
『医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法』(アスコム)
【座談会参加者】
A…大学病院勤務 中堅医師
B…総合病院勤務 中堅医師
C…総合病院勤務 中堅医師
今年に入ってから、川島なお美(肝内胆管がん)、黒木奈々(胃がん)、今井雅之(大腸がん)、今いくよ(胃がん)、愛川欽也(肺がん)、坂東三津五郎(膵臓がん)、シーナ&ロケッツのシーナ(子宮頸がん)と、芸能人のがんによる訃報が目立っている。
また、がんと闘う様子をメディアを通じて発信する芸能人も近年増えてきた。北斗晶は、9月に乳がんを患っていることを発表し、右乳房の全摘出手術を受け闘病中。ブログを更新し続けている。
つんく♂は、2014年10月に喉頭がんのため声帯摘出手術を受けていたことを、15年4月に発表。現在は仕事に復帰し、発覚から手術までを綴った著書『だから、生きる。』(新潮社)を出版した。
81年から日本人の死因第1位となっているがん。遺伝のほか、生活習慣も原因のひとつだといわれているが、健康に気を使っている人でもかかることは多々ある。当然ながらそれは、どんな有名人であっても──。
病を押して仕事に励む姿が美談として語られがちなことも多い芸能人のがん。医師はその様子をどう見ているのか? 3人の医師がその内情を語った。
A 闘病中でも表に出るタレントが増えているね。
B 今井雅之さん、川島なお美さんは、あんな末期の状態で公の場に出ていたので、すごい勇気だと驚いた。
C 医師なら、余命1カ月もないだろうなということはわかったよね。「あの状態で出るんだ」と、かなり衝撃的だったな。
A 今井さんは「舞台に復帰したい」、川島さんは「元気です」とコメントしていたけど、あの状態から治って通常の生活に復帰するっていうのはほぼ無理……。
B 川島さんは黄疸も少しあったように思う。肝機能障害もあったんだろうな。で、激やせしてる割におなかはかなり張っていたように見えたから、肝機能悪化でおなかに水がたまっていた可能性も高いな。
A 今井さんはメディアに出るたびにどんどん痩せていって、状態がよくないのは明らかだった。経過がよければあんなふうには痩せないもん。
C 2人とも必死だったんだと思うよ。きちんとした姿勢で、よくあれだけ声を出して話すことができたよね。普通ならベッドの上でぐったりしててもおかしくない。川島さんなんか、亡くなる1週間前まで舞台に出演していたというし……。
A 本人の意向があればオープンにしていこうという価値観の変化なんだろうね。同じような末期の患者さんはとても勇気づけられたと思う。
──川島さんは、女優としての仕事に支障が出ないよう、抗がん剤治療を拒否したそうですが、どう思いますか?
B 肝内胆管がんは早期発見が難しい。そもそも固形がんは、すべて取りきらないと完全な根治はできません。川島さんは、見つかった段階ではもう取りきるのは難しかったんじゃないかと思う。再発した時点で、「根治する方法はない」と正直にドクターが話したのでは。
A そんな状態では、抗がん剤で余命を延ばせても数カ月程度だったろうしね。
C 「抗がん剤の副作用で髪が抜けるのを嫌がった」という報道があったけど、いまは髪が抜けない抗がん剤もある。副作用も、テレビドラマでよくある、毛がすべて抜け落ちて、嘔吐を繰り返して……という状態ばかりとは限らない。ただ、それでも多少気持ちは悪くなるわけで、いずれにせよ舞台に立つのは難しかったと思う。それなら、抗がん剤は拒否して舞台に立ち続けるっていうのは、取りうる選択肢のひとつだよね。
A 抗がん剤が有効かどうかはがんの種類にもよるし、一概にはいえないよね。
近藤医師に大場医師 目立つのはトンデモばかり!?
──抗がん剤といえば、元慶応義塾大学医学部専任講師で『患者よ、がんと闘うな』『抗がん剤は効かない』(共に文春文庫)の著書で知られる近藤誠医師についてはどう思いますか? がんは「無症状なら放置すべき」と主張していますが。
B いろいろツッコミどころはあるけど、すべてのがんにおいて抗がん剤を否定しているわけではないらしいから、それなら確かに一理ある。抗がん剤が有効ではないがんもあるから、患者を抗がん剤治療で追い込みすぎるのはどうかと思うし。
A 「効かなかったらこれ、それでもダメならこれ」と、患者がボロボロになっても投与する医者もいるからねえ。
C 病院によるけど、そういう判断って基本的には主治医がするものだしね。カンファレンス(会議)でも、「家族や本人が希望している」と主治医が言ったら、ほかの医師は絶対ダメとは言えないもん。
B 抗がん剤治療によって、家族と過ごす時間など失われるものがあるのは確か。だから医師は的確に判断すべき。ただ、医師が「やめましょう」と提案すると、「見放された」と感じてしまう患者さんやご家族もいる。そこにどう対処するかはケースバイケースなんだよね。
C 虎の門病院(東京都港区)みたいに、どんなに高齢で末期の患者さんでも、本人の意志に付き合って積極的治療を続けがちな病院もあるしなあ……。
A 近藤医師に対してケンカを売って盛んにメディアに出てる、東京オンコロジークリニックの大場大医師も、目立ちたがり屋っていうか、トンデモ系だよね。ああやってケンカを売ったのも、「名前を売るためでは?」と勘繰ってしまう。
B やっぱメディア受けしやすいのは個性派の医師なんだよね。彼らの主張を何度も目にすると、患者さんはそれが正しいと思ってしまう。で、目の前の主治医の言うことは聞かなくなるという……。
A せっかく治療がうまくいってるのに、途中から「あっちの治療法を試したい」と言われたりね。
B 医師の中にも、トンデモな人ってたくさんいるのにね。墓参りしろとかお祓いしろとか、自分がプロデュースしてる商品を病院の売店で売らせたりさあ。
C 川島なお美さんは、最期のほうは金の棒で体をさすっていたとか。
B そういう民間療法に走る患者さんは少なくないよね。“ナントカきのこ”とか、“ナントカ水”とか……。
C 医師の立場では、止めはしませんが、「効果はわかりません」と言うしかない。
B 最近は、温熱療法を希望する人が多い。温熱療法と抗がん剤を併用したら調子がいいって言われるんだけど、たぶん抗がん剤が効いているだけ。温熱療法が効くというデータはないし……。
A わらをもつかむ思いであらゆる治療法にチャレンジしたいという患者さんの気持ちはわかる。ただ、そこにつけ込んで、効きもしないものを売りつけるやつらは許せないね。
地下駐車場から直接病室 1泊数十万のVIPルーム
──芸能人御用達の病院なんて、実際にはあるんですか?
A 東京慈恵会医科大学付属病院(東京都港区)、聖路加国際病院(同中央区)、慶應義塾大学病院(同新宿区)あたり?
B あのあたりの病院はVIPルームを備えているから、お偉いさんはよく来る。
C 以前勤めてた某大学病院のVIPルームも豪華だったよ。ホテルのスイートルームみたいなの。地下駐車場からエレベーターで直接病室まで行けるので、ほかの患者さんに見つからずに済む。
A 当然そういった個室の差額ベッド代は高額で、病院は丸儲け。ウチのVIPルームは1日数十万円もするよ。
B でもさ、食事の内容はだいたい同じなんだよね。器が豪華なだけで(笑)。
C でもさ、有名人を診るのって、正直ストレスだよね?
B そうそう。常識的でいい人もいるけど、とんでもない要求をしてくる人も。海外でしか使えない薬を、自分で個人輸入するから使ってよ、とか無茶ぶりも。
A あ、それ慶應ではOKらしいよ。当然患者が全額負担で、医師も海外の情報をもとにとりあえず使ってみるという。
C 先進医療を希望する人も多いよね。
A なかにし礼さんは、食道がんで12年に陽子線治療を受けたってね。陽子線治療は、通常の放射線治療と違って、ピンポイントで治療できてよく効くと評判は高いけど、設備導入に80億円ほどかかるからできる病院が限られてるし、保険が利かないから300万円ほどかかる。重粒子線治療もそう。
B でも結局なかにしさんは、今年3月に再発して、背中を25センチも切る大手術を受けたって。
C 樹木希林さんは、鹿児島県にある、『抗がん剤治療のうそ』で知られる植松稔医師の病院まで行って、放射線治療装置とCT装置が一体化した「フォーカル・ユニット」という装置を用いた放射線治療を受けたとか。
B 正直、有名人が来たって病院の宣伝になるわけじゃない。医療は必ずしもうまくいくとは限らないし、特にがんなんて、亡くなる人も多い病気なわけだから。
A 前にいた病院では、芸能人とか著名人が来たら、箝口令が敷かれていたよ。電子カルテだから、表記される名前をまったく違う名前に変えて、病院内ではその名で呼ぶこともあった。
C どこの病棟に誰が入院してるか、職員なら誰でもわかっちゃうもんね。だから最近は、アクセスのたびにログインを求めるシステムになってるところも多い。
セカンドオピニオンで手術が遅れた川島なお美
B 患者さんから心づけをもらうことってある?
C めっちゃあるよ。回診のときにポケットに入れてきたり、菓子折りの中に札束が入ってたり。本当はもらっちゃいけないけど、断っても押し問答になるだけなので、もらってる。
A 数千円から、最大10万円までもらったことあるなあ。
C でも、正直もらったからといって治療内容が変わることはありえないよね。できることは同じだもん。
B 手術も、有名人だからうまい外科医が担当するということはない。その手術の難易度次第。難しい手術はベテランの外科医が担当するし、簡単なものは若手が執刀する。
A あと、有名教授だから手術がうまいってわけでもないからね。技術でなく、政治力でのし上がった人もいるから。
C それは絶対そう。メディアにも出ず偉くもないけど、実はうまいって医師はざらにいるしね。
──つんく♂さんは、喉頭がんで声帯を摘出し、「声よりも命を選んだ」とメディアで報じられました。一方、09年に亡くなった忌野清志郎さんは、同じ喉頭がんでも、声を残して手術を拒否。玄米菜食法やサイクリングなどを積極的に取り入れましたが、結局発覚から約3年で亡くなりました。
B 根治性が高いのは、やはり全部取っちゃうことなんだよね。特に進行が速いがんは、手術をためらって数カ月たつだけでも、再発率がぐっと上がってしまう。
C ただ、歌手の方なんかだと、「生きること=歌うこと」という方もいるでしょう。生き甲斐をなくしてまで生きても、その人が幸せなのかどうかはわからない。
A 医師も、昔みたいに「言う通りにしろ、でなきゃ知らん」なんていう人は少ないし、患者さんはもっと自分の希望をどんどん言うべきだよね。
B いまは、医師がちょっとでもダメな対応をすると苦情がジャンジャン来るし、それが広まって患者さんたちにそっぽを向かれると病院の経営に関わる。ただし、進行の速いがんだと、診断されたらすぐに治療を始めないといけない場合もあるのは確か。本人や家族が気持ち的にがんを受け入れるのを待ってる余裕がない場合もあるんだよね。
C そう。躊躇したら手遅れのこともある。川島さんは、セカンドオピニオンを聞くため複数の病院を転々として、手術までに半年かかったらしい。北斗さんも、7月7日に乳がんと診察されてから、決まっていた仕事をキャンセルせずにこなしてから手術することになり、9月24日に手術。2人の詳しい病状はわからないからなんとも言えないけど、その数カ月で運命が変わってしまった……というケースもたまにある。
A 医師として、「あのときにすぐに治療していれば……」と悔しい思いをすることはよくあるね。
──早期発見するには検診が大切ですが、北斗さんは毎年受けていたのに、今年見つかった時にはすでに進行していたとか。
B そういうこともよくありますよ。北斗さんの場合、乳頭の裏側にがんがあったそうで、それは結構珍しいし、実際見つけるのも難しい。年に1回検診を受けていても、進行が速ければその1年の間に大きくなることも。
C 北斗さんのケースは不運だよね。だけど、検診はしないよりは絶対にしたほうがいい。
A リンパ節転移もしているということだけど、乳がんは手術で広く取ってしまうし、ホルモン剤投与など術後療法で再発率を格段に下げることができる。乳がんは、再発したらなかなか治らない。闘病生活は長くなると思うけど、がんばってほしいな。
B 北斗さんは「5年生存率50%」という言葉が一人歩きしている感があるね。
A 乳がんは、過去のデータをもとに年齢、ステージ、病理の所見など細かい条件を定めて、国際会議で生存率を出してる。でもデータ上ではその数字でも、本人にとっては0か100。それを現時点で言われるとショックだったろうね。
C アンジェリーナ・ジョリーは、遺伝子診断で乳がんになりやすいことがわかり、13年にがんになる前に両乳房を取ってしまった。15年にも、がん予防のため卵巣、卵管を摘出。あれにはびっくりした。確かにそれが最もがんにならない方法ではあるけど。
B いかにもアメリカ的で合理的だよね。
C どこまで運命に抗うのかということなんだろうけど、日本にはなじまないだろうな。
A がんは、「乳がん」「胃がん」「大腸がん」と同じ病名がついても、個々のケースによって進行も治療の選択もまったく違う。胃がんだって、そこだけ取っちゃえば終わり、という人も少なくない。
B 一方で、若くして亡くなった黒木奈々さんのように、スキルス性胃がんなんかだと見つけることが難しく、転移もしやすい。取った時点で転移がないと診断されても、実際は見つけられなかっただけ、ということもあるし。
C ただ、昔よりも、がんのタイプに合った治療法を患者さんが選択できるようになってるのは紛れもない事実。
A 健康な人は「まさか自分ががんなんて」と思ってるだろうし、いざ診断されても、すぐにその事実を受け入れて治療法を選択するというところまでいくのは難しい。自分がどうしたいか、人生観、価値観を含めて元気なうちに固めておいたほうがいいのかもね。
B そういった意味では、芸能人のがん闘病記をただ美談にまとめるだけじゃなくて、正確な情報や最新の技術、医療現場の葛藤ももっと伝えてほしいよね。いまは2人に1人ががんになる時代。明日は我が身、だからね。
(文/安楽由紀子)
惜しまれつつ亡くなった人も……がんと闘う芸能人たち
樹木希林
1943年生まれ、72歳。女優。2004年、乳がんが判明し摘出手術を受けたが、その後全身にがんが転移していることを明かした。林家木久扇
1937年生まれ、78歳。落語家。14年7月に初期の喉頭がんと診断され、笑点への出演を休止。放射線治療を受け、同年9月に復帰。市村正親
1949年生まれ、66歳。俳優。14年7月に初期の胃がん治療のため出演中だった舞台を降板。同年9月に復帰会見を開く。つんく♂
1968年生まれ、46歳。音楽プロデューサー。14年3月に喉喉がんであると公表し、同年10月に声帯を摘出していたと発表した。北斗晶
1967年生まれ、48歳。元プロレスラー、タレント。15年7月、乳がんであることが判明。同年9月24日、右胸の全摘出手術を行う。愛川欽也
1934年生まれ、15年4月15日、80歳にて没。俳優。14年に肺がんであることが判明したが、病状を伏せて自宅療養していた。今いくよ
1947年生まれ、2015年5月28日、67歳没。漫才師。14年9月に胃がんと診断され、同年12月に復帰、闘病しながら活動していた。今井雅之
1961年生まれ、15年5月28日、54歳にて没。俳優。14年12月、手術を経て復帰するも、15年4月にステージ4の大腸がんと発表。黒木奈々
1982年生まれ、2015年9月19日、32歳にて没。NHKのBS番組でキャスターを務めた。14年に胃がんが判明し、番組を降板。川島なお美
1960年生まれ、15年9月24日、54歳にて没。13年に胆管がんが判明。14年1月に摘出手術をしたものの、同年7月に再発が判明した。