兄ちゃんリスペクト!フロリダをひっかき回した悪童兄弟、その固い絆
――犯罪大国アメリカにおいて、罪の内実を詳らかにする「トゥルー・クライム(実録犯罪物)」は人気コンテンツのひとつ。犯罪者の顔も声もばんばんメディアに登場し、裁判の一部始終すら報道され、人々はそれらをどう思ったか、井戸端会議で口端に上らせる。いったい何がそこまで関心を集めているのか? アメリカ在住のTVディレクターが、凄惨すぎる事件からおマヌケ事件まで、アメリカの茶の間を賑わせたトゥルー・クライムの中身から、彼の国のもうひとつの顔を案内する。
2008年6月、住宅街に逃げ込んだマーヴィリック・マーヘルは焦っていた。何せ上空には彼を追うヘリコプターが飛んでおり、警察官が町中を徘徊している状態であったからだ。窃盗の常習犯であった彼は、逮捕へのカウントダウンの中、一つだけ気がかりなことがあった。それは、いつも傍にいてくれた兄の存在だった。
兄への尊敬から、不良の道へ
1999年、フロリダ州パームビーチ郡郊外で暮らしていたマーヴィリック(当時17歳)は兄のことが大好きだった。地元で有名な不良少年であった4歳年上の兄マークは、10代の頃から少年院の常連であり、その反抗的な姿勢は親も愛想を尽かすほど。だがマーヴィリックは、面倒見が良くていろいろなことを教えてくれた兄を、誰よりも信頼していた。
マーヴィリックが兄と夜遊びをするようになって特に好きだったのは、夜中の小学校に忍び込むことだった。静まり返った校庭でバカ騒ぎをし、持参した銃で校舎の窓を割りまくるのだ。
「兄ちゃんはインテリジェントで洗練された男だぜ」
退屈な町で過ごすマーヴィリックにとって、少しだけエキサイティングな瞬間を見せてくれる兄は、本気で尊敬する存在だった。
やがて、兄弟の“危険な遊び”はエスカレート。ビールとマリファナでいい気分になると、目先の金を求めて留守宅や車などを狙って窃盗を繰り返すようになる。見かねた母親は、悪さばかりする2人を引き離そうと試みたが、兄弟の絆は固く、決して離れることはなかった。社会からのはみ出し者だったマークにとっても、唯一の理解者であった弟の存在は大きく、彼の暴走を助長する特別な燃料となっていた。 そんな“混ぜるな危険状態”の2人は、これまでにない大きな窃盗をすることとなる。
同年6月、いつも通り車で町を流していると、2人は軍の物資を積んだバンを発見。バンの中にはありとあらゆる武器が積んであった。以前から軍隊への憧れを口にしていたマークにとって、それは宝の山だった。バンをこじ開けると、車内に積んであった武器を手あたり次第盗み始めたのだ。
マーク軍結成! 窃盗犯育成ブートキャンプ
大量の武器を盗むことに成功した2人は、高揚感に満ちていた。マークは地元の若い不良少年達を集め、自らの軍隊を結成。人里離れた森の中にキャンプを作って射撃の練習や体力作りに励み、独自のサバイバル術を猛特訓した。集まった不良少年たちは、現実離れしたこのブートキャンプを大いに楽しんだが、マークとマーヴィリックはマジだった。2人は、不良少年を厳しい訓練にさらし、マーク軍を作り上げる。すべては窃盗のためなのだが……。
彼らは本物の軍隊が所有するライフル銃で武装し、留守宅を襲いまくる。盗んだ品は彼らのアジトに持ち帰り、祝杯を挙げては次のターゲットを決める作戦会議を開いた。
だが、さすがに派手すぎる彼らの犯行に警察も黙ってはいなかった。捜査に乗り出した警察の動きを野生の勘で察知したマークとマーヴィリックは、仲間の家を転々とする逃亡生活を開始。しかし、彼らをよく思わない密告者の通報によって、あっけなく逮捕されてしまう。警察の捜査では、約30件の窃盗事件に関与していたという2人。主犯格のマークに対しては、長期刑が課される可能性もあり、とうとう兄弟の悪事も終わりかと思われた。しかし2人には作戦があった。まだ17歳であったマーヴィリックは、成人であった兄の為にほとんどの罪を被ったのだ。これにより、マーヴィリックは懲役3年6カ月、マークは1年にも満たない刑となる。兄へのリスペクトを忘れないマーヴィリック。兄弟愛は確固たるものだったのだ。
弟への恩返しは脱走の手引き
翌年、弟の粋な計らいによって先に出所したマークは、弟への恩返しを考えていた。すでに警備の甘い矯正施設へと移送されていたマーヴィリックもまた、その機会を待っていた。2人の希望は、脱走からの海外逃亡。この型破りな計画はすぐに実行された。マーヴィリックは違法に手に入れた携帯電話で兄と連絡を取り、脱走の準備を始める。
4月1日、マーヴィリックは職員の隙を突き、堂々と表玄関から脱走。車で待っていた兄と合流し、まんまと脱走を成功させたのだ。職員がマーヴィリックの脱走に気が付いた時は時すでに遅し、彼のベッドには置手紙が残されていた。
「良いエイプリルフールを! 愛を込めて、マーヴィリックより」
最高のブラックジョークも決まったところで、2人は仲間の家で祝杯をあげた。もし次に捕まったら長期刑は免れないという不安を抱えていた彼らは、一刻も早く海外逃亡を実行するための計画を考える。逃亡先はパナマかコスタリカに漠然と決定。その資金集めとして再び窃盗に手を染め始めた。
路上に止めてある車や、留守宅からとにかく金目の物を盗みまくる2人。順調に逃走資金を稼ぎ始めた彼らだったが、脱走から6日後、思わぬ事態が発生する。いつも通り、住宅地に止めてある車から金目の物を盗んでいると、物音に気が付いた持ち主の男性が2人の前に現れたのだ。さらに運が悪いことに、男性は非番の警察官。兄弟を恐れることなく向かってくる男性に驚いたマークは、男性に向けて発砲。幸い弾は命中しなかったが、すぐに悪名高い2人の仕業だと気付いた警察は、この発砲事件を機に大捜索を実施した。
さすがに落ち込んだ2人は森の中で野宿をしたり、再び仲間の家に身を隠す。 だが、結局のところ、2人の能天気さは底なしだった。発砲事件から2日後、ホームパーティーに招かれ、酒で気を大きくした2人は大胆な行動に出る。その場のノリでカセットテープに警察へのメッセージを吹き込み始めたのだ。
「お前らに捕まってたまるか! このテープをFBIでもCIAにでも送りやがれ! 俺らはめっちゃ武器を持ってるんだぞ!」
そう吹き込むと、「カチャ、カチャ」と銃の操作音を録音し、武器自慢をする。テープを聴いた警察は、このあまりにふざけた危険人物をなんとしてでも捕まえようと、指名手配ポスターを町中に張り始めた。
だが、マークとマーヴィリックはふざけているつもりなど毛頭なかった。2人はマジだった。彼らなりに、国外逃亡への計画を着々と進めていたのだ。3日後、2人はアメリカを離れる前に、最後に姉に会いに行こうとフロリダ州から約240キロメートル離れたアイオワ州を目指す。彼らなりに頭を働かせ、空路を避けて長距離バスに3日間揺られた。
長旅で疲労した2人が姉の家を訪ねると、留守中の姉に代わって夫が歓迎してくれた。家族の絆を確認した2人は、姉が帰宅するまで地下室で待つことに決めた。
しかし、勝手に歓迎ムードを感じていたのは2人だけだった。警察は2人の逮捕に向け、指名手配犯となっていることを家族にも伝えていたのだ。2人が地下室でくつろいでいる隙に、口実を作って外出した姉の夫は警察に通報。何も知らずに束の間の幸せに慕っていたマークは、祝杯のビールを買いに家の外に出ることにした。しかし、すでに家の周りには警察官が到着しており、驚く暇もなく、あっけなく逮捕されてしまう。一方、地下室で物音を聞いたマーヴィリックは、姉が帰宅したと勘違いし、玄関先に迎えに行こうとしたところで、取り押さえられてしまった。2人は、地面に押さえつけられ、手錠を掛けられるお互いの姿を、ただただ見届けるしかなかった。のちの裁判で、マーヴィリックは懲役7年、マークには懲役8年の刑を言い渡された。
悪童兄弟に訪れた別れの日
2007年、刑を全うし、晴れて釈放されたマーヴィリックは真面目に働こうと思った。地元に戻り、タトゥーショップで職を得た彼は、警察沙汰になるようなトラブルは一切起こさず、まじめに働き、ささやかな幸せを見つけ始めた。しかし彼にとって、兄が特別な存在であったことは変わらなかった。翌年出所するマークに会うことが、楽しみで仕方なかった。
2008年4月、マークが出所すると、マーヴィリックは彼と再会してしまう。更生したマーヴィリックとは違い、マークに反省の様子などは見られなかった。少年時代から社会の反逆児として存在感を示していた兄に会うことは、マーヴィリックにとってあまりに危険だった。そしてマークの出所から2カ月後、マーヴィリックは兄と共に再び町へと繰り出すこととなる。
昔を思い出して、留守宅を狙って窃盗を開始し始めた2人。だが、兄弟の運はもう尽きていた。盗みを働く2人を発見した家主に通報されてしまい、慌てて逃げる2人。追ってきた警察と猛スピードでカーチェイスを繰り広げ、住宅街で車を捨て二手に分かれて逃走劇を開始する。上空には2人を探すヘリコプターが飛んでいた。そこら中を警察官が探し回っている。住宅の庭に身を隠したマーヴィリックは、焦っていた。マークはそこから数キロ先の住宅の庭に設置されたプールの中に身を潜め、ただただ時が過ぎるのを待った。だが逃走から数時間後、警察はあっけなく2人を逮捕。今度こそ、本当に終わりだった。
それでも今でもお兄ちゃんが大好き!
マークには懲役25年が下され、マーヴィリックには11年6カ月の懲役刑が下された。さらに2人にとって最も辛かった量刑ーーそれは今後一切の接見禁止だった。もう決して混ざり合うことのない兄弟は、現在別々の刑務所に収監されている。
2012年5月9日にテレビ放送されたクライム系テレビ番組『I (Almost) Got Away With It」』に獄中インタビューとして登場したマーヴィリックは、時折笑みを見せながら、現在の心境を語った。
「僕は牢屋に入ったって、過去を振り返って後悔なんてしないんだ。今の状況に満足しているし、自分と向き合えて幸せだよ」
そして、兄に翻弄され、それでも兄を信頼し続けた彼は、カメラ目線でこう答えている。
「確かに兄ちゃんは不良かもしれない。でも兄ちゃんは死ぬまで裏切らない信用できる男なんだ」
マーヴィリックは、今でも兄ちゃんリスペクトなのだ!
井川智太(いかわ・ともた)
1980年、東京生まれ。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。2011年よりニューヨークに移住し日系テレビ局でディレクターとして勤務。その傍らライターとしてアメリカの犯罪やインディペンデント・カルチャーを中心に多数執筆中。