「#保育園落ちた日本死ね」から10カ月、待機児童問題の現状はどうなっている?

子供を保育園に入れるため、親が奔走する「保活」は年々激化。ついに今年は、認可保育園に入れなかった母親による叫び「保育園落ちた日本死ね」が、「2016ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンにランクイン。全く喜ばしくないけど、解決に向けて燃料を投下したという点では喜ばしいという、複雑な出来事までが勃発してしまいました。私自身も今年2月に〈保育園落ちた、日本死ね〉状態になり、住んでいる自治体で発表されている〈認可保育園の入園下限合計指数(何点あれば入園できたのか)〉を夜な夜な眺めては、「くっそ、数年前なら今の持ち点でも入園できたのか!? 生むのが数年遅かった!」と地団太踏んだり、「各園の入所最低指数が年々上がってる! 来年度だって絶対今年の数字に合わせて、どの家も点数あげてくるよ!」と鼻息荒く語り、夫に「〈点数あげてくる〉って、フィギュアスケートかよ」とあきれられたりと大騒ぎでした。

これから子どもを保育園に入れたい親、現在認可外の保育園に子どもを通わせている親たちにとって〈認可保育園への入所〉は、保活におけるひとつのゴールですが、そこへたどり着くまでにやらねばならないことの労力のなんと煩わしいことか。各所でさんざん語られていることではありますが、何度でも言いましょう。女性の雇用拡大が国家プロジェクトになっているというのに、フルタイム労働でもなかなか保育園に入れないというこの都市部の状況は、やはり異常です。さらに、「日本死ね」の叫びによって待機児童問題がようやく注目され解決対策が進められているというニュースはチラホラ耳にするものの、なかなか変化を実感できているという人は少なそうです。そんなことから、今年3月にも当サイトにご登場いただいた京都大学大学院人間・環境学研究科の柴田悠准教授に、〈「日本死ね」記事以降、待機児童問題はどう変化したのか?〉というポイントを伺ってみましょう。

柴田悠(以下、柴田)「昨年度から6~19人定員の小規模保育施設が認可保育所扱いになったことで、保育所を比較的柔軟に開けるようになったので、保育の受け皿は確実に増え、いい方向に進んできているとは思います。ただ、今年度から保育士配置基準が緩和されたことで、保育の質が低下している恐れもありますので、量の拡大だけでなく、質の確保・向上が今後の課題です。さらに今年3月からは、厚労省で〈隠れ待機児童〉の調査と公表も始まりました。希望する保育所に入れないのに定義の問題で待機児童にカウントされないという〈隠れ待機児童(潜在的待機児童)〉も含めると、今年4月時点で9万人の認可保育所に入れない児童がいたという話ですね。国も徐々にニーズを把握しようとしていますので、今年2月中旬にブログで「日本死ね」と叫ばれた時よりは、対策が進んできている印象です。隠れ待機児童の公表が3月末でしたので、あのブログの騒ぎもひとつの要因になっていたのではないでしょうか」

待機児童問題では保育士の待遇も問題視され、東京都の小池百合子知事が発表した待機児童対策に向けた126億円規模の補正予算案では〈空き家を小規模保育所に改装したり保育士らの社宅として借り上げたりした場合に家賃を補助する〉などのプランが提案されています。しかし巷では「保育士はボロ屋で十分ってか」「シェアハウスとか聞こえのいい言葉を使っても、要は現代版のタコ部屋だろ」など失笑だらけだったよう。こういった話題にも表れている〈保育士の雇用問題〉についてはいかがでしょう?

柴田「建物(認可保育所)を建てても保育士を確保できず、開園できなかったというケースもあったようですね。対策の進展はありつつも、やはり現場はまだまだ人手不足。賃金も少し上がりましたが、保育士たちが求めているラインに達していないのでしょう。保育士の資格を保有していても保育士の仕事をしない人が多くいます。また、賃金だけでなく労働時間や労働環境の問題もあります。世の中の女性がより多く働くようになり、しかも長時間労働もいまだに多いなかで、保育士も延長保育で夜間まで働かざるをえない。交代するなどの工夫はしていると思いますが、人数が足りなければ当然長時間労働となります。保育士たちにとってはまだまだ過酷な労働環境であり、現場は逼迫している印象ですね」

規制緩和の中には〈幼保一元化〉や〈小規模保育所(ミニ保育所)の年齢制限緩和方針〉なども耳にしますが、保護者としては新たな不安点がたくさんあります。園庭のない小規模保育所は3歳以降の活動量が不十分では? 少人数ですごす環境では集団生活のルールが身につかず、小学校に上がったとき本人が戸惑うのでは? 幼稚園の子たちは皆お昼すぎにはお迎えが来て帰っていくのに、それを毎日目にすることで寂しい気持ちにならないのか等々、心配事が次々と……。

柴田「規制を緩和して柔軟に運営できるようになり保育サービスが提供しやすくなってきている反面で、予算が増えていないので保育士や施設整備の拡充がなかなかできない。現場のマネージメントは非常に苦労されているんじゃないかと思いますね。うまくできている現場もあるのでしょうが、中には保育士に無理をさせ、その結果子どもに目が行き届かなくなってしまう誰にとっても不幸な状況が生まれている現場もあります。実際に2004年から2014年にかけて、認可保育所での幼児の死亡事故は合計50件報告されています。主には「うつ伏せ寝」による死亡と考えられ、つまりは、子どもに目が行き届いていなかったことが原因です。もともと『社会保障と税の一体改革』で、保育充実のための恒久財源を0.7兆円確保するという約束だったのですが、結果的に消費税を3%しか増税できていないので、その分、恒久財源の確保は苦労したみたいですね。2017年度予算案を見ると、なんとか確保できたようです。しかし、保育の質の向上のためには、加えて0.3兆円超が必要と定められていて、その恒久財源についてはまだ確保されていないようです。他方で、国の予算がなくても自治体で工夫して、独自に認証保育所などを増やすことで、状況はよくなっているという地域もあるようです。

また、1歳児を認可保育所に入れることが難しいため、育児休業を放棄して前倒しで0歳児を入れる親がいることを受けて、事前に認可保育所を予約できる<入園予約制>といった新しい制度も提案されています。〈0歳児保育のコストの高さ〉は現在、とりわけ問題視されているんです。研究者の一部には、0歳の保育は受け入れないようにして、それで浮いた予算を1歳からの保育に回せば、待機児童はかなり解決すると論じる方もいます」

1歳からのクラスしかない認可園もありますが、現状ではそこに入るためには結局0歳から認可外に預け、点数を稼がなくてはなりません。

柴田「そうなんですよね。家で保育したいと思っているのに、点数稼ぎのために0歳児を預けざるをえないというのは子どもとっても親とっても不幸なことです。0歳の間はしっかり育休を取れ、その後は確実に預けられるという制度を整備したほうがいいかもしれません。統計上待機児童が数パーセントしかいないスウェーデンでは、基本的に0歳児の認可保育は提供されていませんが、育休の間は給与の8割が保障され、1歳からは家庭所得の数%以内というかなり安い値段で認可保育所にほぼ確実に入れることが、法律で保障されています。ここ最近では、日本のデータでも、認可保育サービスや1年間の育休制度がきちんとあったほうが母親の就業率が高まるという研究も発表されています。そのことから、0歳児の間は育休を推奨し、保育の提供は1歳児からという方法を、一部の研究者は推奨しています」

一方で、フリーランスの我々もそうですが、育休というものが存在しない商売では、0歳から預かってもらえないと困るのですが……(笑)。

柴田「もちろん、0歳児から預けて働きたいというお母さんもおられるかもしれないので、そこは慎重な議論が必要ですね。0歳から預けるメリットももちろんあります。私が最近知った研究ですと、親子が常に24時間一緒にいるよりも、しっかりとした認可保育所に預けたケースのほうが、親が〈子どもを叩く〉という行為が少なくなりやすいそうです。虐待で亡くなってしまう子どもは0歳児が最も多いわけですので、0歳児であっても一時保育などの制度はしっかり整えるべきだと思います。未だに人々の意識の中では「保育所に預けるのは可哀そう」みたいな意識もありますが、さきほど紹介した研究結果は、とりわけ精神的に余裕のない親は、子どもを認可保育所に預けたほうが、ずっと子どものためになるということです。こういったことが、政治家に広まり、もっと待機児童問題に関心が集まってほしいですね」

〈保育所は、親だけでなく子どものためになる〉という研究結果が現時点で広まると、その保育所を利用できない現状の親たちが、ますます追いつめられるような気もしますので、ここはやはり待機児童問題を早急に解決していただきたいものです。

柴田「特に与党の政治家の方々にこういった認識が広まるといいのですが……。ただ、やはり難しいのは待機児童問題が都市部に偏った問題であり、国会では後回しにされがちという点です。ですからもっと、自治体の予算を大胆に活用していくことも必要でしょう。それから都市部では、認可保育所だけに頼ると土地代がかかったり建設が反対されたりしてしまうので、保育所だけではなくて、認可保育ママももっと活用したらよいかもしれません。たとえばフランスでは、3歳からは無料で幼稚園に通えますが、それ以前の年齢はどうしているのかというと、保育所に通っているのは1割半だけで、その倍の3割の子どもたちは、認定保育ママに預かってもらっているんです。フランスの認定保育ママは、自宅で子どもを4人まで集めて保育できますので、1対1のベビーシッターよりも効率的です。もちろん研修は必要で、始める前に60時間、受け入れはじめて2年以内に60時間、さらに5年ごとに資格更新が必要です。そのようにして保育ママの質を確保しているのです。そしてフランス政府は認定保育ママを利用する親たちに補助金を出し、その結果普及しています。

フランスにももちろん0歳からの保育園はありますが、都市部は待機児童が多いようです。フランスは女性の社会進出が進んだのがスウェーデンよりも遅れていたため、スウェーデンのように認可保育所を都市計画に組み込んで整備することができず、保育所整備が後手後手になってしまったので待機児童が増えました。そういう点で日本と状況が似ているので、とても参考になると思います。フランスは戦後ずっと出生率が下がってきていましたが、1990年から保育ママの利用補助金が支給されるようになって、その直後の1994年から出生率がV時回復しました。1993年に1.73だった出生率は、今は2.0前後をキープしています」

日本は今年、統計をとり始めてからついに初めて出生数が100万人を下回ったというニュースがありましたが、これも待機児童問題による〈産み控え〉が深く関わっていそうですね。保育ママに関しては、日本でも数は圧倒的に少ないものの、存在は認知されてきたのではないでしょうか。

柴田「日本も保育ママが都市部でもっと普及すれば、もしかすると預けやすくなり出生率も上昇しやすくなるかもしれませんね」

保活で一番困るのは、最終的にはもちろん「どこにも入れない」ですが、とにかくまとまった情報というものがなく、各々が闇雲に情報をかき集めなくてはならないという問題もあります。役場に問い合わせるのにも質問の仕方のテクニックが必要だったり、担当者によって言うことが違って混乱したり、高確率で入れない園であっても見学に出向いたりと、不毛な労力が多すぎるように思えます。

柴田「そういった不満が一気に高まり、国会前でのデモなどが行われましたよね。全国的な議論を巻き起こすにはインパクトがあっていいし、それによって多少予算を組みやすくはなるでしょうが、しかし国に訴えても、なかなか都市部の状況を改善できないのが現状だと思います。国は都市部に優先的に予算を充てるということはできないわけですので。なので先ほども申し上げたように、都市部の自治体に予算をしっかり作ってもらって、保育所や保育ママなどの柔軟な保育サービスを増やしてもらう方向に、目を向けたほうがよさそうです。今後は市や区などの自治体に向けて、請願などのロビー活動を起こさないと、現状はなかなか変わらないと思っていいでしょう。例えば〈保育コンシェルジュ〉をうちの区にも用意して欲しいなどの訴えでしたら、数年で叶うかもしれません。国に動いてもらおうというのは、地方との温度差も凄すぎますし、本当に難しい問題です。各自治体で工夫してもらうのが一番早いと思いますよ。地域の保活情報ももっと、IT化して〈見える化〉してくれたりするといいんですけどね。メディア記事で、対応の遅い自治体の名前を出し、プレッシャーを与えていくのも有効かもしれません。待機児童の数は発表されているので、ワーストを煽るなどもそのひとつです。これから子どもを産みたい方たちはその記事を使って、〈こんなことが書いてあるけど、どうなのか〉と役所へ問い合わせるのもいいでしょう」

それは、我々ライターが得意とする分野ですので、専門家のお墨付きをいただけるとモチベーションが上がります(笑)。さて来年度の待機児童はどうなるのか、結果が出るのは年明け2月頭。既に各自治体の来年度認可保育園申し込みが締め切られ、ひたすら祈りながら結果を待つしかない今こそが、ロビー活動の準備期間なのかもしれません。当サイトでも煽り記事の準備を進めたいと思いますので、嬉しい通知が届いた方も残念な通知が届いた方も、よりよい保育環境が整う状況を皆で目指し、ぜひともロビー活動にご活用くださいませ。
(ムシモアゼルギリコ)

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