人気カクテル・ガール撲殺される――嫉妬が交錯するラスベガス殺人事件

――犯罪大国アメリカにおいて、罪の内実を詳らかにする「トゥルー・クライム(実録犯罪物)」は人気コンテンツのひとつ。犯罪者の顔も声もばんばんメディアに登場し、裁判の一部始終すら報道され、人々はそれらをどう思ったか、井戸端会議で口端に上らせる。いったい何がそこまで関心を集めているのか? アメリカ在住のTVディレクターが、凄惨すぎる事件からおマヌケ事件まで、アメリカの茶の間を賑わせたトゥルー・クライムの中身から、彼の国のもうひとつの顔を案内する。

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右端の女性がシャウナ。カクテル・ガールとして人気を得たであろう華やかな容貌が目を引く。

 ギャンブルとエンターテインメントの街、ラスベガス。煌びやかな世界に吸い寄せられるようにして訪れる観光客の数は年間4000万人を超える。シャウナ・ティアフェイ(当時46歳)は、ド派手なネオンで輝く繁華街を覆うようにして広がる住宅地に暮らし、高級ホテルで働いていた。

 完璧なスタイルと美貌を持つ彼女にとって、ギャンブルに勤しむ観光客を相手に酒を運ぶカクテル・ガールの仕事は天職だった。金髪をなびかせてフロアを歩けば、目線を独り占めできた。

 シャウナは隣州であるユタ州の保守的な街で育った。その彼女から見れば、砂漠の中に築き上げられたラスベガスは檜舞台だ。28歳の時に移り住み、この仕事を見つけた彼女は、まるでハリウッドスターのようにゴージャスに振る舞い、バーカウンターとフロアの間を往復し続けることで、遅咲きながら自分の価値を知った。飲食店のウェイターのほとんどが客からのチップを重要な収入源としているアメリカで、どうせなら美人にと、気の緩んだ観光客から多額のチップを受け取る彼女の年収は10万ドルを越えた。

 2002年にシャウナが働くホテルを訪れたジョージも、彼女の虜になった一人だった。高校時代はアメフトで活躍し、学生の人気投票で選ばれるホームカミング・キングに輝くなど、スクール・カーストの最上層に位置する典型的なジョックだ。卒業後は陸軍士官学校に入学、軍隊経験を経て消防士として働いていた彼は、人望も厚く、精悍な顔立ちで、笑うと白い歯が印象的な男性。消防署が発行するカレンダーには7月の顔として彼の顔が印刷された。

 出会うべくして出会った2人はすぐに恋に落ちた。そして恋に仕事に精を出す傍ら、ジョージはボランティアに尽くし、感謝祭を迎えるたび、ホームレスに暖かいスープを配った。シャウナも、大好きなピンク色のカップケーキを同僚の誕生日にプレゼントし続けるなど、気遣いを忘れないそのキャラクターもあって、周囲からも評判のカップルとなっていった。交際から1年後には娘が誕生。それをきっかけに、2年後にハワイで豪華な挙式を上げた。若い美男美女の2人は無敵だった。

 しかし、結婚から数年経つと、シャウナはジョージに少しずつ疑問を抱くようになる。彼はその面倒見の良さから、親しくなったホームレスの男性に自宅の雑用仕事を任せていたのだが、シャウナは彼が雇った男性に馴染めずにいた。

「気味が悪いわ。家の周りにホームレスの男がうろついているのよ」

 周囲に愚痴をこぼし始めたシャウナであったが、ジョージは男性を雇い続けた。そしてハワイでの挙式から2年後、2人の関係を揺るがす出来事が起きる。08年の住宅バブルの崩壊を機に、ジョージは大金を失ってしまったのだ。

 この頃から彼は、華やかな世界に身を置くシャウナに嫉妬心を持ち始める。彼女の仕事に批判的になっていったジョージは商売に必要な衣装を蔑み、彼女を娼婦扱いし出した。自分の価値を教えてくれたカクテル・ガールを侮辱されることは、シャウナにとっては許しがたかった。やがてジョージは、ついに彼女に手を上げるようになる。2012年4月、関係の悪化を食い止められない現実を知った彼女は、娘への悪影響を考えて家を出て行くことを決意したのだった。

殺害は別居からわずか5カ月後のことだった

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ハワイでの挙式時の一家。

 とはいえ、シャウナはジョージと離婚したいわけではなかった。結婚から8年という時間が生み出した溝から距離を置きたかっただけだ。2人はカウンセリングを受けて解決の糸口を探していたし、娘の親権を共有し、お互いの家を行き来することを決めていた。そうした前向きな計画をもとに始まった新生活だったが、間もなくしてシャウナの身辺に異変が生じ始める。

 12年9月4日、彼女が1人暮らしをするアパートメントに泥棒が入る。盗まれたのは結婚指輪やビキニパンツ。そして部屋には、なぜか男物の下着が残されていた。煌びやかな世界で働く者にとって、ストーカーによる犯行の可能性もある奇妙な窃盗事件は、彼女をひどく動揺させた。そしてこの出来事は、直後に彼女を待っていた悲劇の始まりにすぎなかった。

 9月29日午前3時01分。いつも通り勤務を終えたシャウナは、ホテルを後にして家路へと着いた。別居から5カ月目、夫も娘もいない部屋のドアを開け、誰もいないはずのベッドルームへと向かうと突然、シャウナは頭にとてつもない衝撃を受ける。彼女は寝室で待ち伏せしていた人物に、ハンマーで頭をめった打ちにされ殺害された。

 同日午前9時頃、24時間勤務を終えたジョージは、娘をシャウナの元へ届けるために彼女のアパートメントを訪れる。そこで彼が目の当たりにしたのは、血の海と化したベッドルームで変わり果てたシャウナの姿だった。彼はパニックになりながら警察へと通報した。
「妻が…… 床に……血だらけで動かないんです……」

“グレイハウンド”の異名を持つ殺し屋

 悲劇の夫として通報をしたジョージだが、警察は彼への疑いを強めていた。しかし、殺害当時は24時間勤務に就いており、犯行は不可能。警察は直前に窃盗事件があったことから、ストーカーによる殺害の可能性も含めて捜査を開始する。この事件を耳にしたラスベガスのカクテル・ガール達は、我が身にも降り注ぎかねない惨劇に恐怖に陥った。

 ところが事件の翌日、1本の通報から捜査は早くも進展を迎える。地元でメンテナンス業をする男性が、知人からシャウナ殺害を告白されたというのだ。殺害を仄めかしていたのは、ノエル・スティーブンスというホームレス。猟犬“グレイハウンド”の異名を持つ危険な男だった。警察は、ノエルが頻繁に訪れるというデリで彼を発見。ドラッグディーラーの顔をも持つ彼は、違法ドラッグを所持していたため、身柄の拘束に成功する。そしてダウンタウンから車で30分ほどの場所に位置する砂漠地帯に張られた彼のテントから、シャウナの部屋から盗まれたビキニパンツを発見した。さらにテントの近くには、シャウナの血が付着したノエルのジーンズが捨てられていた。だが、彼とシャウナの関係は一体どこにあったのか? そしてなぜ、ノエルは彼女を殺害したのか?――その最大の疑問への答えは、男の携帯電話にあった。

 ノエルが所持していた携帯電話の通話履歴を調べると、ジョージの名が現れた。シャウナ殺害までの1カ月間、2人は87回にも及ぶやり取りを重ねていた。さらにラスベガスのホームセンターの防犯カメラには、殺害時に使用されたハンマーを購入する2人の姿が捉えられていた。

 決定的な証拠を突きつけられたノエルは、彼女の殺害を自供。ジョージから5000ドルの報酬で殺害を請け負ったこと。前金として600ドルをすでに受け取ったこと。そして、殺害をジョージに報告した時、彼が満足げにほほ笑んだことを語った。

 ノエル逮捕により、捜査の手が自身にも迫っていることに気付いたジョージは、全てを終わらせようとしていた。高速道路を時速144kmで走行し、フェンスに衝突し自殺を図る。しかし、装着していたシートベルトによって自殺は失敗に終わった。駆けつけた警察官にシャウナ殺害の容疑を突き付けられた彼は、落ち着いた様子で「分かった」と口にした。

 13年1月、実行犯のノエルは死刑を回避するための司法取引に応じて終身刑となった。逮捕後のジョージは無罪を主張し、裁判で争う姿勢を見せたが、ノエルによる証言をもとに15年9月、陪審員は有罪を下した。彼に課された量刑は終身刑だった。

 当局は、ジョージによるシャウナ殺害計画の動機として、関係の悪化から離婚を突き付けられ、財産をシャウナに持っていかれることを恐れていたため、と発表している。

 ラスベガスを愛し、カクテル・ガールとして成功を遂げたシャウナ。彼女の墓には、大好きだったピンク色の花が供えられ続けている。

井川智太(いかわ・ともた)
1980年、東京生まれ。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。2011年よりニューヨークに移住し日系テレビ局でディレクターとして勤務。その傍らライターとしてアメリカの犯罪やインディペンデント・カルチャーを中心に多数執筆中。

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