妻の妊娠中、ダブル不倫に走った夫は殺された――遺された女たちがテレビカメラの前で相まみえる!

――犯罪大国アメリカにおいて、罪の内実を詳らかにする「トゥルー・クライム(実録犯罪物)」は人気コンテンツのひとつ。犯罪者の顔も声もばんばんメディアに登場し、裁判の一部始終すら報道され、人々はそれらをどう思ったか、井戸端会議で口端に上らせる。いったい何がそこまで関心を集めているのか? アメリカ在住のTVディレクターが、凄惨すぎる事件からおマヌケ事件まで、アメリカの茶の間を賑わせたトゥルー・クライムの中身から、彼の国のもうひとつの顔を案内する。

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「私は、あなたに謝ってほしくて来たのではありません。私がどんな思いだったかを知ってほしくて来たんです」

 昨年4月、アメリカの人気番組『Dr.Phil』(カリスマ心理学者のフィル・マックグロウが、相談者の悩みに耳を傾け、解決まで導くトーク番組)に出演したアシュリー・バークは、涙をこらえながらそう呟いた。5人の子どもを持つ主婦である彼女がこの日スタジオで対峙したのは、かつて自分の夫と不倫関係にあった女性。番組観覧客の前で不倫討論を繰り広げる彼女に、全米の視聴者が釘付けとなった。しかし、アシュリーが抱えた傷は夫の不倫だけではなかった。問題の夫は、不倫の末に殺害されていたのだ。

交際6カ月で結婚、若い二人が築いた幸福な家庭

 アシュリーが夫のエメットと出会ったのは、今から13年前。当時20歳だった彼女が、大学のジムでアルバイトをしていた時だった。彼女はジムを訪れたエメットに一目ぼれ、急速に距離を縮めていった。

 やがて2人は交際を開始。デートを重ね、将来の夢を語り合った2人は次第にお互いの運命を感じ始めていた。交際から6カ月後のある雪の日、アシュリーは、エメットの生まれ育った町に掛かる橋の上でプロポーズを受ける。しんしんと雪が降る中、エメットはひざまづいて指輪を差し出す。2人は永遠の愛を誓い合った。

 交際開始から6カ月でスピード婚を果たした2人。間もなくして、アシュリーのお腹に新しい命が宿る。初めての妊娠ということもあり、期待と不安を抱える中、エメットは彼女との時間に最善を尽くした。出産時には、陣痛で苦しむ彼女の手を握りしめ続けた。若い夫婦にとって初めての子どもは、双子の女の子だった。

 その後も男の子・女の子と家族が増える中、2人は良き父と母であるよう務めた。夏は湖の畔でキャンプをし、冬はスキーを楽しみ、家族の思い出は増えていった。

 2010年、エメットは、長年の夢であった法律事務所をアイダホ州の小さな町に設立した。少ないながら社員も抱え、まさに順風満帆の生活が始まった。さらに2人にとって、何よりも嬉しい知らせが飛び込んでくる。アシュリーのお腹に5人目の命が宿ったのだ。エメットは家族のために一層仕事へ情熱を燃やし、アシュリーは毎日指輪をはめて仕事に向かう夫の姿に、家族の絆を深く感じていた。

 仕事も軌道に乗り始め、更なる飛躍を目指すエメットは、新しいアシスタントを募集する。彼が雇ったのは、カリフォルニア州から夫と2人の娘と引っ越してきたカンディ・ホールだった。理想的な家族像に見えたエメット一家の運命は、2人よりも10歳以上年上であるカンディの存在によって少しずつ変わり始めることとなる。

年上の女性アシスタントと妻の勘

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 アシュリーは、カンディに対して初めから良い印象を持っていなかった。なぜなら彼女を雇うことに対して、エメットがあまりに親身になっていたからだ。夫が彼女に注ぐ熱意に、直感的に嫌な予感を持ち始めていた。やがて、そのアシュリーの予感は現実のものになってゆく。

 カンディがアシスタントとして働くようになった頃、妊娠中のアシュリーは、エメットに連絡を入れずに事務所に立ち寄ったことがある。まず違和感を持ったのは、駐車場に車を止めたとき。エメットの車の後ろに、寄り添うようにカンディの車が止まっていた。アシュリーが事務所に入ると、彼女の姿を見るなりスタッフの動きが止まる。バツが悪そうにアシュリーを見る彼らにさらなる違和感を持ちながら、奥にあるエメットの部屋のドアを開けたとき、彼女が見たのは、親密そうに笑いながら話をする2人の姿だった。

 アシュリーの違和感は的中していた。この時、すでに2人は上司と部下を越える“関係”を持ち始めていたからだ。しかし、当時28歳だったアシュリーは、一回りも年上の女性にエメットの心が動くはずがないと信じ込んでいた。
 
 カンディが働き始めて数カ月が経つと、エメットは家族との時間を避けるように帰宅時間が遅くなっていった。夫婦の会話も減り、2人の間では口論が頻繁に起きるようになる。4人の子どもを抱え、さらに妊娠中のアシュリーは、家族の絆を取り戻すため、エメットにカウンセリングを受けようと提案。だが彼はそれを避け続けた。

 そして、2011年3月11日。2人にとって5人目の子どもが生まれて6週間目の出来事だった。久しぶりに家族団らんの時間を過ごすために、アシュリーは1日かけてエメットの好物の料理を用意し、子どもたちもドレスアップさせ、夫の帰りを待っていた。しかし、この日もエメットはなかなか帰らない。ディナーの時間を過ぎてしばらく経った頃ようやく帰ってきた夫に、アシュリーはキスをしようと近寄った。だが彼は顔を背け、それを拒む。アシュリーはとうとう意を決して、2人の間にできてしまった溝を修復するための話し合いの時間を設けようとした。だがそれは結局口論へと発展してしまう。

 そのとき突然、エメットの携帯電話が鳴った。誰かと連絡を取った後、彼は外出する準備を始める。アシュリーは「今日だけは家族と一緒の時間を過ごしてほしい」と泣きついたが、エメットは「俺に指図するな」と言い残し、家を出て行ってしまう。残されたテーブルの上の料理は、まるで2人の関係のように、冷めきっていた。

ダブル不倫の発覚――そして駐車場で惨劇は起こった

 エメットの電話の相手はもちろんカンディだった。ドラッグストアの駐車場で待っていた彼女は、エメットが到着すると、彼の車に乗り込み、場所を移した。いつも通り、不貞を犯す2人。しかし、2人の密会は最悪の結末を迎えることとなる。この時、偶然にも同じドラッグストアを訪れていたカンディの娘が、駐車場にある彼女の車を発見していた。周囲を見渡しても母親の姿が見当たらないことを不審に思った娘は、父親に電話をしたのだ。カンディの夫もアシュリー同様、直感的に妻の不貞に気づいていた。嫉妬心に燃えたまま拳銃を持ち出し、ドラッグストア内を徘徊して、カンディとエメットを探しまわった。そして、駐車場に戻ってきた彼らと遭遇したのだ。

 まさかの修羅場にエメットは開き直り、カンディの夫は怒り狂う。男たちの口論を背に、カンディがひとりその場を離れようとしたその時、銃声が鳴りに響く。振り返ると、エメットは血だらけになり地面に倒れ、カンディの夫はその返り血を浴びていた。

 何も知らないアシュリーは、夫の帰りを待っていた。しかし日付をまたいだ頃、彼女のもとに現れたのは夫でなく警察だった。そこで彼女が知らされたのは夫が犯した不貞と、彼が殺害されたという事実だった。

ついに直接対決!カメラの前で対峙する女2人

 事件から2年9カ月後、カンディの夫は殺人罪で有罪となり、懲役30年を言い渡された。

 アシュリーは、自らの経験を書いた手記を出版した。妊娠中に夫に不倫をされ、殺害までされてしまうというセンセーショナルな内容に、手記はたちまち話題となった。しかし、その手記に納得のいかなかったのはカンディだった。手記では当然、夫と不倫をしたカンディについても言及されていたからだ。

 その後も2人の関係はたびたびメディアで報道されることとなり、昨年4月、ついにアシュリーとカンディは、全米人気のテレビ番組で直接対峙する。観覧席に娘を座らせ、スタジオ入りしたカンディは、アシュリーの出版物への非難を始める。「もう、私の名前を書くのを止めてほしいわ」とカンディが言えば、「私は、あなたが夫と寝るのを止めてほしかった」と応戦するアシュリー。白熱する討論に、観覧客からの拍手が鳴り続けた。番組の最後には、アメリカのカリスマ心理学者であり、名物司会者のフィル・マックグロウが2人の間に入り、「あなたは、ここにいる2人の子どもたちを大切にしなさい。そして、自分自身と向き合いなさい」とカンディを諭し、番組は全米で大変な話題になることとなった。

 アシュリーは手記を出版した後も、自らの経験をブログに書き続けている。夫を亡くした彼女の経験と、それでも立ち上がる彼女の姿勢を示したブログは、全米の悩める女性達に勇気を与え続けている。彼女のブログはその後、悩める女性たちがお互いの経験を告白しあう社交上へと発展している。

 現在、アシュリーはエメットの死後に出会った男性と再婚を果たし、新しい家族と共に笑顔を取り戻しているという。

井川智太(いかわ・ともた)
1980年生まれ。育英工業高等専門学校卒業。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。アシスタント・ディレクターを経てディレクターとなり、2011年よりニューヨークの日系テレビ局でディレクターとして勤務。また、その傍らフリーのライターとしてウェブを中心に執筆中。

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