まさに歩く治外法権!? 『ジョン・ウィック』が描く“顔パス・アクション”の痛快さ
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【オタクに”なるほど”面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より】
YouTube「『MOON RIBAR』篇 E」より。20日よりオンエア開始されたソフトバンクの新CMに、女優の広瀬すずが漫画『ちびまる子ちゃん』のさくらももこのコスプレ姿で登場。広瀬のボブヘアーを活かしたキャスティングに「似合ってる! カワイイ!」「ナイスキャスティング!」と、早くも絶賛の声が上がっているようだ。
「今回のCMでは、他にも“鉄腕アトム”を堺雅人が、“セーラームーン”を小泉今日子が演じるなどしていますが、原作のキャラクターに最も近いのは広瀬だとする声が、関係者の間でも広がっているようです。『ちびまる子ちゃん』は、今までに何度か実写化されましたが、さくらももこを演じたのは当然、子役ばかり。それを逆手に取って、今回、広瀬にコスプレをさせたことに、広瀬ファンからは歓喜の声が上がっているようです」(芸能関係者)
オフィス北野ホームページより 【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 来年夏の参院選以降、ついに憲法改正に取り組むと表明している安倍晋三首相だが、彼にとって憲法改正と同様に悲願の…
「ビートたけしが安倍政権の道徳教育を真っ向批判!「道徳を守れないお前らが道徳を語るな」「日本の道徳観は単なる郷愁だ」」の続きを読む
ワン・ダイレクションが20日(火)、北アイルランドの首都ベルファストの公演をキャンセルした。公演開始ぎりぎりになって会場側の代理人が集まったファンたちにコンサート中止の旨を告げ、会場はショックの渦に包まれたようだ。中止理由はメンバーのリアム・ペインが公演直前に体調が崩れたことにあったようで、メンバーたちが次々とファンへの謝罪メッセージをツイートした。
ハリー・スタイルズは「今夜のベルファスト公演に集まってくれたみんなに心から謝罪しています。本当に残念だよ。でも残念ながらこういうことが起こるものなんだ。メンバーみんな、本当に申し訳ないと思っています」と謝罪し、ルイ・トムリンソンは「本当に今夜のことは申し訳なく思っています。どうしようもなかったんだ!リアムに沢山の愛を。そして理解を示してくれて本当にありがとう!」とリアムの回復を祈りながらファンにメッセージを送った。さらに、ナイル・ホーランも「みんな、今夜キャンセルせざるを得ない状況になって本当に申し訳ない。残念ながら、こういうことって起こってしまうんだよね…。今夜足を運んでくれたみんな、ありがとう!」と続いた。
また、同グループの広報担当サイモン・ジョーンズは、この急なキャンセル劇についてこう説明している。「リアムが急に体調を崩し、コンサートは残念ながら行われないことになりました。チケットをそのままお持ちいただき、新たな情報が明日発表される予定です。ワン・ダイレクションはファンに謝罪の意を示しており、リアムのできるだけ早い回復を願っています」
リアムは先週ロンドンで行われたアティテュード・アワードの授賞式も体調不良を理由に直前で欠席することを決めていただけに体調が心配されるところだが、現時点ではリアムの病状については明らかになっていない。とはいえ、コンサートプロモーターのエイキン・プロモーション側は「今夜のコンサートはリアムの体調が優れず、キャンセルとなりました。その病状は深刻なものではなく、今夜パフォーマンスするのは難しいということです」とコメントしており、リアムの症状が深刻なものではないことを明かした。
ワン・ダイレクションは来年3月からの活動休止までに「オン・ザ・ロード・アゲイン・ツアー」の一環で残り7公演を行う予定だ。
『コウノドリ』公式サイトより 【リアルサウンドより】 産婦人科の医療現場を舞台に、その人間模様を描いたドラマ『コウノドリ』。鈴ノ木ユウの同名漫画を原作としたこの作品は、新鮮な顔ぶ…
【オタクに”なるほど”面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より】
『芹那 オフィシャルブログ』より。18日放送『中居正広の神センス! 塩センス! お騒がせな芸能人の失敗告白SP』(フジテレビ系)に、芹那が登場。SDN48のメンバーだった野呂佳代に年齢詐称を暴露され、MCの中居正広に問い詰められると「えっと、1コ違いです」と認める発言をした。
普通ならば批判をされてもおかしくないのだが、画面に映る芹那の顔があまりにも幸薄くなってしまったためか、「気の毒過ぎて、そっとしてあげたくなった」と、ネット上でも、一部の過剰なアンチファンを除き、批判を差し控えるコメントが目立っている。
「芹那といえば、王道アイドル系のかわいらしいルックスと、一度聞いたら忘れない独特な声が受け、グラビア・バラエティ番組に引っ張りダコとなり、一時期はその姿を見ない日はないほどの活躍を見せていました。しかし、『芸人に口説かれた』と暴露したことが“売名行為”と受け止められ、業界内での評判が悪くなったことや、小池徹平との熱愛報道でファン離れが起きたことから、メディアへの露出が激減。現在30歳ですが、年齢以上に精神的な疲れが顔に出てしまっているように思えて仕方ありません。ブレークしていた頃と比べると、まるで別人のようにオーラも感じられなくなってしまいました」(同)
「芹那、年齢詐称暴露されるも「幸薄すぎて、批判する気にもなれない」ジャニタレとの恋愛には、図太い神経が必要か」の続きを読む
TETSUYA KOMURO official websiteより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
佐野研二郎氏のエンブレム白紙撤回後、先日は、「閉鎖的だった選考過程を見直すため、今回はデザインコンクールの受賞歴も問わず、子どもにも門戸を開く」といった趣旨を含んだ応募要項が大会組織委員会から発表されるなど、一応は歩を進め始めた、2020年東京オリンピック・パラリンピックエンブレム問題。
「パクリ」とはなんなのか? 国民的な議論を巻き起こした今回の問題だが、今回の騒動が起きた直後より、「アーティスト」としての立場から議論の争点について盛んに発言してきたミュージシャンがいる。ご存知、小室哲哉だ。
彼は騒動が起きた直後、8月18日の時点で以下のようなつぶやきをツイッターに投稿。1200近くリツイートされている。
〈オリンピックのエンブレム。音楽とは全く異なるけれど、僕も、僕にも音楽家たちは何の、どこにインスパイアされたと明確に言及する事は多い。芸術は感化の積み重ね。突然、無からやって来る事はあり得ない。ルーツを話してあげれば、もう少し皆んな納得がいくんじゃないかな〜〉
デザインと音楽、ジャンルは違えど、自身も「創作」に関わるプレイヤーの立場から発された意見は大きな反響を呼んだ。しかし、ツイッターの限られた文字数では彼の言いたかったことは言い切れていないという。「ローリングストーン日本版」11月号(セブン&アイ出版)に掲載された彼のインタビューを読みながら、「芸術」と「模倣」の関係性について改めて考え直してみたい。
まず、小室は先ほど紹介したツイートにて〈芸術は感化の積み重ね〉という言葉で表現した考えについて、こう補足する。
〈音楽とデザインはアートとしては種類が違うということを大前提に、音楽家も必ず絶対に何かにインスパイアされたり影響を受けていたりしている。幼少の頃から見聞きしてきたいろいろなものが頭の中で整理されて、何かの形になって生まれていくんです。突然変異のように急に出てくることは100%有り得ないですよね。影響を受けたものから自分のオリジナルを作るのは当たり前のことだろう、と〉
小室はそう語り、先行する芸術作品に似た作品をつくったサノケンを擁護する。しかし、彼はそのやり方がよくなかったと指摘する。
〈突っ張って、デザイナーやクリエイターはポンとものを創り上げる印象を持たせるんじゃなくて、もっと柔軟に、例えば岡本太郎さんが好きとか、アンディ・ウォーホルが好きとか、自分のルーツを柔軟に話しておくと、”それっぽい影響を受けてるよね”で済むんですよ。決して真似ではなくて、”さすが、好きなだけあって似てるよね”とポジティヴに捉えてもらえる。その差はすごく大きいなと思って〉
これは、彼自身の経験から来る感覚なのかもしれない。小室自身、TM NETWORKの楽曲がエルトン・ジョンの曲と酷似していることを言われたり、globeの「ラッパーと女性ボーカルの組み合わせ」というコンセプトが2・アンリミテッドのパクリと指摘されたり、キーボードのプレイがエマーソン・レイク&パーマーのキース・エマーソンと似ていると言われたりと、小室哲哉は常に「パクリ」指摘と無縁ではいられないキャリアを歩み続けてきた。
だが、そう言われながらも、彼はキース・エマーソンやジミ・ヘンドリックスといったプレイヤーへの敬愛をインタビューで話し続け、また、その時期に流行しているダンスミュージックに対してのリスペクトも語り続けてきた。その結果、「パクリ」指摘は受けるものの、自らインスパイアされた元ネタを明かす小室の姿勢を前に、リスナーの間では「言うだけ野暮」という雰囲気が醸成され、その面においてはひどい毀誉褒貶に晒されずに済んできた。
そんな小室だが、今回サノケン問題が巻き起こったのには、佐野氏のインスパイア元を明かさない姿勢の他にも、もうひとつ問題点があったと指摘する。彼のデザインからは「熱」「エナジェティック」を感じなかったのも原因のひとつだと言うのだ。
〈正直に言えば、あのエンブレムを観た瞬間のみんなのファースト・インプレッションが、”あれ? もっとオリンピックっぽい感じだと思ってた”というようなモヤモヤがあったんだと思うんです〉
〈それで、心の中で”ちょっと違うな”って思ってる気持ち、モヤッとしたものがあった上で、こういった大きな問題になったんだと思うんです〉
〈音楽でも同じなんです。”何かに似ているけど、カッコいいよね”とみんなに思われれば、”似ている、似ていない”という問題は軽くクリアしちゃう〉
〈みんなもっとデザインに熱やエナジェティックを感じたかったんだと思います。何か言われたとしても、”でもいいよね”と言われればいいわけですよね〉
身も蓋もない話だが、何かに似ている作品だとしても、そこにキラリと光るものがあれば、人々は問題なく受け入れる。それは小室自身の作品もそうだし、もっと遡れば、モータウンなど当時のアメリカ黒人音楽の焼き直しにほんの少しオリジナリティを混ぜたビートルズの音楽に世界中が熱狂した状況もそうだったと言えるかもしれない。
そして、彼は「創造」と「模倣」の理想として、「ヒップホップ」をあげる。ヒップホップは、ご存知の通り、既存の楽曲のフレーズを借用し、そのトラックにラップを乗せることで生まれた音楽だ。誕生したときからずっと「模倣」と「創造」の関係について問われ続けてきたジャンルでもある。
〈ヒップホップは、サンプリングを多用して、その上に自分の主張をのせてラップで語るということをやりましたが、それは予算や施設環境がないから仕方なくそうなったところから生まれてきた。人のものを使ってでも、とてつもなく言いたいことがあったわけです〉
〈だから僕の中の”模倣と創造”というラインでいえば、ヒップホップ文化が”正しい模倣”だし、模倣と創造力の極みで、ここ何年間の音楽業界の最後の成功例だと思います。これしかないところから何かを作り上げよう、というものすごいエネルギーを感じるものがヒップホップだったと思います〉
あくまで「模倣」から始まる「創作」ながら、そこに凄まじい「熱」を入れ込むことにより、文句を言わせないぐらいリスナーやオーディエンスを圧倒させる。であれば、きちんと芸術としてもビジネスとしても成立する。そんなパワーがヒップホップにはあると小室は考えているのだ。
小室が前提として語っているように、デザインと音楽では、同じアートでも種類が違う。また、サノケンの場合は、公共の催し物に関わる創作であったというのも、小室の創作とはまた異なる種類のものではある。だが、創作に携わる者としての彼の指摘はなかなか参考になるものではないだろうか。
今後、どんなエンブレムができあがってくるのかはまだ分からない。だが、なんにせよ、我々を驚かせてくれるような「エナジェティック」な作品が生まれると良い。サノケンエンブレム白紙撤回騒動が単なるムダに終わらぬためにも、そんなエンブレムが見られるのを楽しみにしている。
(新田 樹)
ポルトガルのリスボンにある空港内でアダルト画像が放映されるハプニングが起きたようだ。情報表示用の大画面に突如そのショッキングな映像が写され始めた様子は搭乗客によって撮影されており、空港職員が停止するまで数分間に渡って放映されていたようだ。
19日(月)に第1ターミナルで起こったとされているその一件について空港側は、その画面では18禁チャンネルではないテレビ局の番組がかけられていたはずだったが、同局で成人向けの映画が当時放送されていたとしている。
【オタクに”なるほど”面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より】
『ベッキー』オフィシャルウェブサイトより。ベッキーとオードリー・若林によるW司会で、18日から放送開始された『~おバカな大人マジリスペクト!~人生のパイセンTV』(フジテレビ系)。17日には“直前SP”と題し、番宣番組が放送されたのだが、その放送内で若林に「ベッキーめちゃくちゃ友達少ない。友達2人ぐらいしかいないでしょ。みんなが知ってるのは上戸彩ちゃんぐらい」と、ベッキーの私生活での交流関係が暴露される一幕があった。
これに対してネット上では、「ハーフ会の面々は友達じゃないの?」などと、疑問の声が上がっている。
「ウエンツ瑛士やローラ、ホラン千秋、JOYなど、芸能界で活躍するハーフタレントだけを集めたハーフ会を主催し、その様子をインスタグラムやバラエティ番組内で披露するなど、ベッキーには芸能界での友達が多いイメージがありますが、実際のところハーフ会は友人付き合いではなく、ビジネス交流の意味合いが強いようですね。ダレノガレ明美やマギーが呼ばれていないことから、『ベッキーがライバルを疎外したいだけなのでは?』というウワサも広まっています」(芸能関係者)
ハーフタレントとしては、ウエンツ瑛士に勝るとも劣らないほどに数多くのレギュラー番組を抱えるベッキーだが、最近、好感度が急速に下降しているといわれている。
小泉今日子オフィシャルサイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】
ソフトバンクの新CMで、大人になり会員制のバーを営むセーラームーンを演じ話題となっている小泉今日子。近年では『あまちゃん』(NHK)での主人公・天野アキの母親・春子役がとみに印象的だが、その他にも、映画・ドラマ・CMへの出演は途切れず、10月23日には「読売新聞」の読書委員を務めていた彼女の書評をまとめた『小泉今日子書評集』(中央公論新社)も発売されたばかり。1982年のデビュー以来目立った停滞期間もなく芸能界の第一線で活躍し続け、49歳の今でもさらに魅力を増し続ける彼女にはいったいどんな秘密があるのか? 最近出版された、助川幸逸郎『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新聞出版)を読みながら、その謎に迫ってみたい。
彼女が成功し続けている秘密。助川氏はそれを「変化する力」という言葉で表現する。確かに、小泉今日子は、正統派アイドルとしてデビューしほどほどの人気を得た後、髪をショートカットに変えエッジの効いたキャラへのイメチェンで時の人に。そこから近田春夫、川勝正幸らをブレーンにアイドルの枠を飛び越えた良質な作品をつくりだす「オシャレ系アーティスト」になり、そして、本格的な女優へ……。彼女の長いキャリアを振り返ってみれば、そこにはいくつもの変化があった。
自分の「キャラ」に固執せず、次々と変化し、そしてそれが痛い失敗につながらない。それは、彼女の「「自分を見つめる目」の確かさ」によるものだと助川氏は分析している。たとえば、秋元康作詞による彼女の代表曲「なんてったってアイドル」に関して、小泉自身こう語っていたという。
〈みなさんがよく私の代表曲に挙げてくださる「なんてったってアイドル」なんて本当に歌うのがイヤでしたから。「またオトナが悪ふざけしてるよ」って(笑)〉
〈客観的に見て「この曲を歌えるのは私だけだろう」っていう自信はあったし、そういう周囲の期待を感じてはいた〉(「日本経済新聞電子版」2012年4月2日)
また、ハウスミュージックをアイドルポップスに取り入れた、小泉本人と近田春夫共同プロデュースによる1989年リリースの画期的なアルバム『KOIZUMI IN THE HOUSE』に関しても、こう語っていた。
〈当時はまだ多くの人が聴いたことのない、もしかしたらとっつきにくい音楽だったかもしれないけど、私という存在自体は分かりやすいですから。仕事の現場や遊び場で知り合った近田さんや藤原さんのファンの間に私が入れば、聴いていただけるとは思っていました。だって私自身、「ハウスが好きか?」と聞かれれば、別に好きじゃないですから(笑)。
もちろんカッコいいとは思っていたけど、”ハウスの人”になりたいわけじゃない。言ってしまえば、冷やかし気分だったからこそ、みなさんにとってちょうどいいカッコよさを探れたんでしょうね〉(「日本経済新聞電子版」2012年4月2日)
これらの発言を受け、助川氏はこう語る。
〈なんとなくハウスに憧れている「部外者」だったからこそ、一般人にとって「ちょうどいいカッコよさ」を探れた。自分について、ここまで冷静な発言をできる人物は滅多にいません。普通の歌手なら「もともとハウスに熱心で、けっしてニワカじゃなかった」と弁明するところです。
こんな具合に、みずからの価値を冷徹に見切れるのが小泉今日子の「らしさ」です。新しいことに次々挑戦して失敗しないのも、この特質のおかげといえます〉
時代の流れに合わせて次々と変化していき、新たな世界を表現することで決して古びた存在にならなかった小泉今日子。そのことには、本人も自覚的だったようだ。ブレーン的存在として彼女にサブカル的な知識をふんだんに与え、アイドルからの脱皮への道を用意したライター・川勝正幸の著書『ポップ中毒者の手記(約10年分)』(河出書房新社)の解説に、小泉はこんな言葉を残しているという。
〈世間のみなさんは、私はトンがったことを発信するアイドルだと思っただろうし、実際そう見えていたと思います。でも、本当の私はそういうことを自発的に発信するタイプではないんです。(中略)私に何か才能があるとすれば、人が提案したものを吸収して「自分らしい形」にすることなんです〉
自分に向けられた要求や提案には真摯に応えてみる。そうやって「変化」していく小泉今日子の姿勢はライターの藤吉雅春氏が〈小泉さんの凄みとは、過激な企てを平和にやりのけてしまうところです。しかも、本人が一番面白がっている〉(「週刊文春」文藝春秋/13年8月15日・22日号)との言葉を残すなど、周囲の人々も認めるものだった。なにせ、前述の川勝はどんな知識でもおむつのように吸収する彼女の姿勢を見て「パンパース小泉」というあだ名をつけるほどであった。
このように柔軟な小泉の姿勢が彼女にもたらしたものを助川はこう語る。
〈「された当人」に応える姿勢があるから「周囲の提案」がプラスに働く。応えてもらえるから提案する側もさらにアイデアを出したくなる。若き小泉今日子と身近な「知恵者」たちのあいだには、そうしたサイクルができていたようです〉
ただ、これは周囲の大人に「媚びる」という態度とはまったく異なる。提案されたことには全力で応えるが、それが自分に合わないと思えばそのアイデアは躊躇することなく捨ててしまう。周囲の思惑に合わせ正統派アイドル路線の聖子ちゃんカットでデビューした彼女が、自らショートカットへのイメチェンを申し出たのは有名な話だが、このエピソードなどはそれを端的に示している。彼女が常に考えていたのは、あくまで「周囲の大人」ではなく「お客さん」の目だった。助川氏はこう綴る。
〈小泉今日子の目線は、「周囲」や「みなさん」に向けられています。自分の属するチームの中で演じるべき役割を果たし、客を喜ばせる。仕事をしているときの彼女は、常にそこを意識しているようです。読売新聞の読書委員も「出来の悪い原稿だったら没にすること」を条件に引き受けたと聞いています。(中略)「文章書き」としても、「読者を喜ばせること」を常に意識しているのです〉
彼女がそのように客観的な「お客さま目線」「プロデューサー目線」を得ることができたのは何故なのか? 助川氏はエッセイ集『原宿百景』(スイッチパブリッシング)の以下の文章を引き、三人姉妹の末っ子として生まれた彼女と母親との少しばかり歪な関係がその「目線」を彼女に与えたのではないかと考察する。
〈ユミさんは優しいお母さんだったけれど、友達のお母さん達と比べるとお母さんっぽくない人だったかもしれない。(中略)幼い日の私の写真を見ると、たいがい超ミニスカートを穿いている。これもユミさんのセンスで、「キョウコの足はキレイなカタチしているから」と、親バカ発言しながら、もともとミニスカートなのに、さらに裾あげされてパンツが見えないギリギリの丈にされていたのである。髪型もそうだ。小学生なのにパーマをかけさせられたり、モンチッチみたいな超ショートカットにされたり。私はいつも、ユミさんの動く着せ替え人形のように遊ばれていた〉
ここまでは、まあよくある親子関係の話ではある。しかし、こうして母の要望をすべて受け入れていくうちに、いつしか二人の関係はおかしなものになっていく。
〈私が最初に憧れた女性はユミさんだったと思う。母親というより大人の女性として素敵だと思っていた。でも、いつの日からか私がユミさんのお母さんみたいになっちゃった。
十七歳の時だったと思う。原宿のマンションにユミさんが泊まりに来ていた。キッチンで洗い物をしながら私はユミさんの愚痴を聞いていた。ユミさんは自分の感情に素直な人だから、よく泣いたり笑ったりする。私はいつも黙って聞いてあげる。そうすると「あんたは私のお母ちゃんみたいだね。お母ちゃんは割と大柄な人だったから姿は全然似てないんだけど、なにかがすごく似てるのよ」って、ユミさんが言う〉(前掲『原宿百景』)
「子どもが母親の母親になる」。母の言うことを受け入れ続けた結果、こんな歪な関係になったのだが、その結果、彼女は自伝『パンダのan・an』(マガジンハウス)でこんな言葉を綴るに至る。
〈私は、ある意味で自分の事を諦めたのだ。それまでは、宙に浮かんで、頭の上の方から客観的に自分を見ていた。幽体離脱した人が、自分の肉体を見ている様な感じ。上から見ていると周りはよく見えるけれど、自分の中身がよく見えない。心の中の痛みなんか見えないからほっぽっておいた〉
小泉今日子が綴ったこれらの言葉を受け、助川氏はこう書き記す。
〈「宙の上から自分を見るまなざし」は、「ユミさん」の要求に応えようとする、「ユミさんの母親」の視点です。そこに身を置いていたために、みずからの心身の声を、小泉今日子は(中略)聞き取れずにいたのでした。こうした「自分を外側から見る習性」は、一方ではプラスにも働いています。(中略)「お客の目線になりきって自分を観察できること」が小泉今日子の「強み」です。この「強み」は間違いなく、「頭の上の方から客観的に自分を見ていた」経験に根ざしています。
バブル時代に各種の「過激な企画」をもちかけられたとき、冷静に「一度はやってみよう」というスタンスで彼女は応じていました。年長者に踊らされているように見えながら、踊らせる側の真意をしっかり見定めている――アイドルとしての小泉今日子のあり方は、「ユミさん」の「着せ替え人形」を務めていた姿が原点です〉
小泉今日子の長いキャリアを振り返ってみれば、助川氏の言うような「プロデューサー目線」に裏打ちされたうえでの「変化を恐れない」姿勢が、常にファンを飽きさせず、また、その都度新たなファンを獲得してきた原動力になっていたのは事実のように思える。ただ、時折起きるスキャンダル(そのなかには、単なる恋愛沙汰だけでなく、「車の運転中に新聞配達用のバイクと接触したうえでの当て逃げ」というものも含まれている)が彼女のキャリアにほとんどダメージを与えなかったのは、小泉が大手事務所バーニングプロダクションに所属しているからという事実もまた忘れてはならないだろう。
ただ、大手事務所に所属しているからという理由だけでは、芸能界はサバイブできない。それには、天性の才能と、たゆまぬ努力が不可欠だ。助川氏もこんなふうに指摘する。
〈小泉今日子は、次から次へと路線を変え、時代から求められるポジションに移動していきます。こうしたやり方は、真似しようとしてもなかなかできる業ではありません〉
〈アイドルから本格派歌手にイメージを変えたり、音楽畑で活躍していた人が俳優にシフトしたり――そういう路線変更は、珍しいことではありません。一つのことだけに取り組んでいたのでは、芸能人としての寿命は限られます。しかし、小泉今日子のように転身を繰り返し、その度にステップアップしていくケースは滅多にありません〉
今後、小泉今日子はどんな「変化」を我々に見せてくれるのだろうか。
(新田 樹)
「小泉今日子はなぜ「劣化」しないのか? 「変化する力」「プロデューサー目線」を育んだ母親との歪な愛のかたち」の続きを読む
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