「発達障害は親の愛情不足のせいであり、近頃は親のしつけがなっていないので発達障害が増えている」という言説がある。近年、保守派の議員に浸透していると指摘される、一種の教育思想「親学」が、同様の主張を展開していることは有名だろう。しかしこうした言説は、決して特定の思想をもった人々だけに見られるようなものではない。今回お話を伺った、奈良市にある「きょうこころのクリニック」の院長で、『あなたのまわりの「コミュ障」な人たち』(ディスカヴァー携書)や『各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと』(メタモル出版、著者多数)などの著者でもある姜昌勲先生はこう話す。
姜「『あんたのしつけが悪いから、子どもが発達障害になった』と話す人は臨床現場でも頻繁に見られます。よくあるのは、理解のないおじいちゃんおばあちゃん、そして古い考え方をしている学校の先生ですね。ようは勝ち組の理論なんですよ。『私はうまいことやってきたのに、なんであんたは出来ないの』という。弱者の視点に立っていないんです。もちろん年をとっている人がみなそうだというわけではありません。理解のあるおじいちゃんおばあちゃんもいます。
発達障害は、親の育て方によらない、生まれつきの生物学的疾患です。だから親のしつけなんて関係ない。大間違いなんですよ。もう、アホかバカかって感じなんですけど(怒)。発達障害のお子さんにはやはり育てにくさがあると思うんです。だから他の子どもに比べて、どうしても対応がうまくいかないことも多くなってしまう。それを『しつけがなっていない』『愛情不足』とみなすのは話が違うんじゃないでしょうか」
そもそも保育園・幼稚園に子どもを預けてまで働きに出ようとする親、特に女性に対して、「子どものことより仕事を優先するのか」と批判する声もある。「発達障害は愛情不足のせい」とする人々は、こうした親に「働かないで、家で子どもをみろ」というのかもしれない。
姜「女性が社会進出して、不況も長引いて、旦那さんが一家を支えるような暮らし方はもう通用しないじゃないですか。共働きで支えあうのが当たり前になっています。まるで『お母さんは働いたらいけない』って言っているようですよね。意味が分かりません」
モデルの栗原類が発達障害であることを公表するなど、「発達障害」という言葉は世間にも浸透してきた。だが「発達障害」とは何かを問われても返答に困るのが実際のところだろう。最低限知っておくべき知識とはなにか。
姜「疾患としては大きく分けて2つあります。ADHDと自閉スペクトラム症です。
ADHDは、多動性と衝動性、そして不注意症状の3つが主な特徴です。多動性は文字通り、落ち着きがないこと。誤解されがちなのが衝動性で、これは暴力的という意味ではなく、『待てない』という意味です。順番を待てない、相手が話終わるのを待てない、ということです。不注意症状には、ミスが多かったり、いろんな情報から何が自分にとって大事なのか選択できないという特徴があります。だから片づけができなかったりするわけですね。あとはボーっとしてるとか、人の話が聞けないというのもあります。
自閉スペクトラム症は、社会的なコミュニケーションに問題があったり、興味範囲が狭いことが特徴です。自分のこだわりをやっていると安心するので、そこに集中してしまって、他者からなかなか理解されないんです。
学習障害などその他の発達障害もありますし、それぞれ合併していることもあるので、厳密ではありませんが、まずはADHDと自閉スペクトラム症の2つを抑えておくべきだと思います」
前述の通り、発達障害の原因を親のしつけとする人々は、あわせて発達障害が増えているとも主張する。実際に発達障害が増えているのだろうか。
姜「3つ要因があると思います。ひとつ目は、発達障害という言葉が認知されるようになって、昔は見落とされていたものが診断されるようになったというもの。
ふたつ目がソーシャルサポートスキルの弱化ですね。社会で子どもたちを支える力が弱まり、親も子どももストレスフルになっていることが考えられます。多動で落ち着きがなくても、騒がしくなかったり、周囲がそれを『まあええんや』と受け入れていれば問題はないですよね。でも周りの大人が眉をひそめたり、『親のしつけはどうなっているんだ』って言い出したら、問題視されるわけじゃないですか。そうやって診察にくる親が増えて、実際に発達障害と診断されることが増える、と。
みっつ目は実際に増えている。この3つの要因があると思います。ただどの要因が一番大きいのかはわかりません。いくつかの仮説はありますが、あくまで仮説にすぎません。あと考えられるのは過剰診断ですね。ようは子どもの不適応を何でもかんでも発達障害のせいにしているところもあると思います」
落ち着きがない、コミュニケーションが円滑に取れない人などを、「あいつはアスペだ」「発達障害なんじゃないか」という人々がいる(「アスペルガー症候群」は、2013年に改訂されたアメリカ精神医学会が作成する診断マニュアル「DMS-5」で無くなった)。その際の「発達障害」という言葉は診断名ではなく、ネガティブなもの、スティグマとして用いられているものだ。そこには発達障害への差別意識が透けてみえる。一方、落ち着きのない我が子をみて「この子は発達障害なのではないか」と思う親もいるだろう。
姜「子どもなんて1歳、2歳はみんな落ち着きがないものです。はいはいが出来るようになって、行動範囲が増えれば落ち着きがなくなるので。だからすぐさま『発達障害なんじゃないか』と不安にならなくていいと思います。なんでもかんでも発達障害扱いして、医療に送りこむというのは学校のみならず職場でも見られるんですよね」
発達障害は、愛着不足によって情緒や対人関係に問題が生じる「愛着障害」と間違われがちだとも聞く。
姜「確かに愛着不足などの理由で、発達障害に似た症状が出ることはあります。でも元を辿っていくと、愛着障害なのか、虐待による影響なのか、そもそも発達障害の症状があり、うまく対応できなかった親が虐待をしてしまったのか、明確にわけることなんて無理なんです。だからこそ、原因追及よりも、現実的にどういった支援を取りうるのか、未来志向で考えていくことが大事なんです」
では保育や教育現場において、どういった支援が望ましいのだろうか。
姜「教員の数を増やして困っている子どもをサポートするような人的支援も必要だと思います。ただスペシャリストを作るよりは、みんなが理解して、適切な対応方法を少しでも知っておくのが大切なんじゃないでしょうか。対応を知らないから、のけ者にしようとする。うまく対応できれば、みんな『やっていけるじゃないか』と、協調して生きていく社会になると思うんです。成功すればするほど本人も、支援者も自信がつくじゃないですか」
学校現場でも、親学と通底するような教育が見られる中、こうした理解も支援もまだまだ不足しているのが現状だろう。最後に、子育て中の親御さんに向けてメッセージを伺った。
姜「子どもが生まれて不安はたくさんあると思います。声を大にして言いたいのは、我慢しないで欲しいということ。一人で抱え込まないで欲しい。助けを求めて欲しい。しんどいときはしんどいって言う。どうしていいかわからないときは、どうしていいかわからないって言う。いろんな人に頼る。発達障害と診断されたかどうかとは関係なく、育児に不安を抱えているなら、それを心がけて欲しいです。
その中で、子どもが発達障害なんじゃないかと思ったら迷わず診察を受けに行ってください。医療機関を受診するのは、子どもが病気扱いされるために行くわけじゃなくて、プロの治療者・支援者と一緒に、どういう風にしていったらうまくいくかを考えていくためです。診察を受けるためだけに医療機関に行くと考えないで欲しいですし、診断されることをネガティブなものと捉えないで、これからのことを考えるためのステップだと思ってもらいたいですね」
(聞き手・構成/カネコアキラ)
「「発達障害は親のせい」はデマ。発達障害の診断は、これからを考えるためのステップ 児童精神科医・姜昌勲さんインタビュー」の続きを読む